バリュー投資で平穏に

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お金目当てで医学部に入ることは悪か

 

よくある批判として

医学部にお金目当てで入るやつはけしからん、本当に人を助けたい人が行くべき

というものがあります。

今回はその事について書いていきたいと思います。

結論から

結論から述べると、お金目当てで医学部に入ることは良いとも悪いとも言えないと思っています。

また、それが良いか悪いか決めることは誰にもできないと思っています。

医学部に入りたい人が正当な手続き(入試)で医学部に入った事に対して、他人にどうこう言う権利はありません。

医学部に入る理由を、お金のためでも人助けのためでも、優劣つけることはできません。

 

お金目的への批判について

お金儲け目的を批判する人の主張を言い換えれば、自分のことより他人のために頑張りなさい、と言っていることになります。

医師になるには、医学部に入るまで何時間も勉強して、入った後も勉強して、卒業後も勉強しながら働かなくてはなりません。

そこまでの労力と費用を、無償で要求するのは虫が良すぎます。

人の人生にまで口出しをする権利があるなんて神かなにかでしょうか。

 

人助けも結局は自分のため

そもそもなぜ人は人助けをするのでしょうか?

多くの人が、他人のためと言います。

しかし、還元して考えれば他人を助けた事で良い気持ちになる自分のためとみることもできます。

仮に純粋に人を助けたいと思っている人がいるとします。

その、人を助けたいという欲求はどこから生まれるのでしょうか。

答えは簡単、脳です。

人助けとは結局、人助けをしたいという自分に生じる欲求を満たすための行動と言えます。

人助けをしたいというのもあくまで欲求に過ぎないのですが、この欲求が神聖視される理由は他人も利益を得られる可能性が高くなるからです。

なので人類のどの文化においても、基本的に一人しか利益を得られない欲求(物欲など)より、他人も利益を得られる可能性が上がる人助けの欲求の地位が上に見られています。

 

人助けの正義を押し付ける理由

ではなぜ人助けをする事を絶対の正義として押し付ける人がいるのでしょうか?

2つの理由が考えられます。

気持ちよくなりたいから

理由を考えてみると、殆どはこれに該当するのではないでしょうか。

正義を押し付ける人は、自分がそう思っているからそうするべきだという論理で動いています。

そういう人は色々と美辞麗句で飾った事を言いますが、結局は自分の正義を人に押し付ける事で気持ちよくなりたいだけです。

民事裁判ですら殆どの場合、法の名の下に正義を訴えるつつも、結局は私怨を晴らしたいだけです。

正義を押し付けられた相手にも正義はあるという事を忘れてはいけません。

 

自己の利益を求めるのは悪いことはではありません。

しかしそれは他人の権利を侵害しない場合に限ります。

恐れているから

この人はの気持ちはまだ分かります。

お金目当ての医師に自分や家族など大事な人が当たった場合、とんでもない不利益を被るのではないかと心配しているからです。

そういったことが起きない為に、人助けを目的とした人に医師になってほしいと思うのは当然です。

しかしお金目的の盛りだくさんの検査で隠れていた病気が見つかる人もいます。

一長一短です。

 

終わりに

ここまで色々書きましたが、現実世界では建前は必要です。

世の中よく考えない人だらけなので、とりあえず当たり障りのない事を言っておかないと刺されます。

(自戒の念も込めて)みなさん気をつけましょう。

注)そもそもお金儲けの目的に叶うほど医学部が美味しいかは、これから怪しくなっていきます。お金目的で目指す人は、そこら辺のリスクをしっかりと考える事をお勧めします。